バレンタインに配られた義理チョコと渡された義理チョコの違い

バレンタインといえば義理チョコを配る習慣。
学校や会社で団体から団体、個人から団体に渡すケースが非常に多いと思う。

でもそういう配られたチョコって味気ない。
同じ義理チョコでもそれが配られたチョコなのか、渡されたチョコなのかで意味は違う。

この記事では配られた義理チョコと渡された義理チョコの違いを解説する。

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配られた義理チョコには愛がない

バレンタインのやり取りで今たぶん一番多いもの。
それは義理チョコをみんなからみんなに配ること。

会社でも学校でも部活でもそう。
女性陣全員から男性陣全員に渡す。

ここには何の愛もこもってない。

ただバレンタインだからチョコ渡す。
それだけ。

お土産買ってきたから全員に配るのとバレンタインチョコを配るのは同じ感覚。

これが配られた義理チョコの価値観だ。

渡されたチョコには愛がある

対して、渡されたチョコは違う。

義理チョコでも、チョコを1人1人に渡す。

そこには何かしらの愛がある。

渡す人はチョコを渡すことよりチョコをあげる相手のことにフォーカスしてる。
受け取る人はチョコを受け取ることよりくれた相手にフォーカスしてる。

そこには何らかのコミュニケーションがある。
 

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個人的な体験から感じたこと

以上のことは私が個人的に体感したことから得た考えだ。

学校や会社でバレンタインに義理チョコが配られた。
それはみんなに配られたもの。

私はそれを配った女の子のことはよく知らないし、その子も私のことなんて全然知らない。

ただバレンタインだからチョコ配っただけ。
そこには愛もコミュニケーションもない。

もらっても全然うれしくなかったし、お返しなんて考えもしなかった。

また、私はあるバレンタインの日、フィリピンの語学学校にいた。
そのときちょうど妊婦の先生がいて、その先生は陣痛がひどく、学校を一時的に休んでいた。

でもバレンタインにその先生は大きなお腹のままやってきてその場にいた男子たちに義理チョコを配った。

その体でどうやってチョコ買ったのさと聞いてみたら友達に頼んで買ってもらったそうだ。

そのチョコは配られたのだが、きちんと渡されたと感じた。
その先生のチョコをあげる姿勢には愛を感じた。

私はその先生にはちゃんとお返しをした。

私はそのときチョコを渡すという行為よりチョコを渡そうという気持ちが大事なんだと悟った。

まとめ

ただ配られたチョコには人を動かす力がない、ただのチョコだ。
でも誰かに渡そうという気持ちのこもったチョコは人を動かす。

バレンタインチョコは今の風習だとただ配ることになりがち。
でもチョコの価値がを引き出したいなら気持ちが大事。

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